<リバーシ> 私が私で居られる為に。私は私を殺す。 一見、矛盾している文章だが…まぁつまり。 私という存在が、この世界で私らしく生きる為に、自分の本来持っていた「個」を仕舞い込む。 そう言うことだ。 しかし、そう言った「作られた自分」というものは、果たして本当の自分なのだろうか? 答えはYESである。 其れは何故か?其れはそういう自分を世界が必要としているからだ。 偽りしか存在意義のない世界では、黒が白になる。 其れはリバーシに似ている。黒に挟まれた白は、黒に成らざるを得ない。 世の中が、黒を求めているならば、私は黒なのだ。 白の私は、必要ない。 こうやって、世界はいくつもの反転が闊歩するものになっている。 その反転しながら時を刻むこの世界で。 白から黒になった私はどんな今を生きる?   何ができる?何をしてやれる? 偽りが真実の世界で――私は、何を、望む? #=== プシュウ、とバスのドアが重たく開く。 ドアに向かえば、すさまじい熱が襲いかかった。 「暑い」 思わず、そう漏らす。 しかししょうがない、今日の気温は30度を超えるらしい。それに今は昼だ。 金を払い、挨拶をしてから外に出る。 ふとバスを見送れば、バスはアスファルトが放つ蜃気楼によってゆらゆらと揺れていた。 汗が滲む。先ほどまで冷房の効いた車内にいた自分には、中々に辛い。 「――――」 思わず、自分を照らしている太陽を見た。 雲ひとつない空の上で、下に熱さを振りまいているだけの存在。 そのシンプルで、そして愚直な存在を、眩しく思ったのは、視覚からもたらせるものだけではないはずだ。 「とりあえず。これから、どうするか。ですか」 太陽から、逃げるように視線をそらし。スポーツバッグから地図を取り出した。 地図と、周囲を見比べながら、今自分がいる場所を把握していく。 道路を挟んで海と山があるのが、此処の特徴だった。 水平線が見えるまでに澄んだ、蒼い海と空。 雲ひとつない、視界一面に広がるブルーは、見ていると幾分か心が晴れる。 そして、それを眺めるようにそびえる木々は、その下に木漏れ日を作りながら、風と共に涼しげな音をくれる。 残暑ともなると、鳴いている蝉は少ない。 しかし、その蝉の鳴き声は涼しげな音に合わせるかのように、心に安らぎをくれる。 いい場所だな。 そういう、感想が素直に思える場所だ。 今まで住んでいた場所とは遠くの、そして自然がまだ自然たりえているその空間は…まさしく白だった。 でも、なんだろう……凄い、場違いだ。 だからだろう。ここに自分がこうして立っているのが酷く、歪に感じるのは。 此処は、今まで自分が居た場所とは全くの"反対"なのだ。 都会のビルに囲まれ、吸って吐く空気はガスで汚れいる、季節を感じる事の出来ない…そう言う場所。 そう、私。蓮見綾音は、そんな世界で人形のように生きてきた。 故に、歪。 白の中にただ一つ点在する黒、それが私。 黒、そう私は黒。くろ、クロ、黒―――――― ――――嫌な、過去が、頭を、過る。 「っ、違う。私は、違う」 目を閉じて頭を振る。 何度も、何度も。振り払うかのように、何度も、何度も。 暫く、そうした後。ゆっくりと眼を開ける。 視界には、大きな唾の、麦藁帽子が、一つ。 頭を振っていた時に落ちたのだろう。 其れは、風に揺られて、カサカサと音を立てて揺れている。 「行こう。私は今、自分の足で、歩いてる。自分の意志で」 其れを拾い上げて。深く被る。 今の自分を隠すように。 そして私は、スポーツバッグを担いで、蜃気楼の中を歩きだした。 #=== 少し歩くと、民家がぽつ、ぽつと点在している場所に出た。 家と家の間には田圃か畑が必ずある。 山の斜面は段差になっており、やはりそこにも畑があった。 あれは、なんて言ったかな。 そんな事を、山の斜面、段々畑を見ながら歩いて行く。 遠めには、農業をしている老人の姿。 ふと、その老人と目が合った。 ……麦藁帽子を取り、綺麗な一礼。 それはまるで、社交界で主催者がゲストに挨拶するそれと同じで。 老人は其れがおかしかったのか、笑いながら「こんにちわ」と挨拶をしてくれた。 「笑った理由が、良く解らない」 その後は、会話もなく別れた。 当然だ、話す内容などないのだから。 また、道をそのまま歩く。程なくして、舗装されていない道になる。 でこぼこしている其れは、自然そのものだ。しゃがめば、土の香りがするだろう。 とは言っても、すでに周囲は草の香りが広がっている。吸いこめば、気持ちが良い。 その香りを楽しみながら、更に歩を進める。 照りつける太陽は、容赦なく熱い。 其れが地に吸収されれば地はそれを否応なしに上へ上へと放出する。 結果、上下からくる暑さに…汗を流した。そして汗を流せば、のどが渇く。 周囲を見回すも、自動販売機などというものはなく、凄い田舎に来たんだな、とため息を漏らした。 そして、10分程だろうか。 熱さと、のどの渇きを感じながら歩いていると、前の方に大きな家が見えた。 目を凝らせば、蜃気楼の中で"氷"と描かれた布が揺れている。 目の前までくれば、そこには古めかしい棚に置かれた色々なお菓子や雑貨があった。 この、始めて見た様相が珍しく、のどの渇きも暑さも忘れ、しばらく中をしげしげと眺めていた。 その間に、この建物が俗に言う駄菓子屋だと言うのを思い出した。 「そういえば、喉乾いていたんだっけ」 ぐるりと、中を一周してからいったん外に出て熱を感じた瞬間に其れを思い出し。 また中に入り、適当に選んだ炭酸飲料を1本手に取って。 「すいません、どなたかいらっしゃるでしょうか?」 大きく、しかし澄んだはっきりとした声で、丁寧に、家の主を呼ぶ。 しかし反応はない。 「すみません……?」 もう一度呼ぶ。 すると、奥の方からドタドタと騒がしい音が聞こえ。 「っと、ああ、ごめん。お客か」 カラカラとドアを開けて、所々に絵の具がついたエプロンを着た青年が顔を見せた。 「いや、ガキどもが来るには早くてね…集中もしてた。ってのは、店員失格だな」 メガネをかけた、長い髪を後ろで纏めている青年。 歳は、私よりも上だろうか?無精髭が、どことなく似合うような風体だ。 こういったタイプの人間は初めてではある。だからか、いつの間にかしげしげと眺めていたらしい。 「どうした?」と言われ初めてそのことに気づき。 「い、いえ、何でもありません」 そう言いながら、慌てて手を振った。 そして「おいおい、炭酸飲料は振ったらダメだろ?」そう言われて、恥ずかしくなって。 顔を赤くして、俯いた。 #=== 後書――というか中書 周囲に自分を合わせなければならない時と言うのは、必ず存在します。 社会、組織、グループ、仲間、2人以上の集団で生きることが必須な我々は、時として自分を殺すことが必要なのです。 そんな関係――いや、必然でしょうか、それに疲れた人の心情を、そして一つの答えを上手く描ければいいな、そう思っています。 遅筆に加えビジュアルもありますが、続きは早く描きたいですね。