《傘がない》 ザァ、という雨の音で目を覚ました。 カーテンを開ければ、灰色の空と、窓ガラスを叩く雨の音。 今日は、風も強いらしい。 「……今日は、雨か」 ただそう呟いて、カーテンを閉める。 そして玄関の投函場所にある新聞を取りに行く。 その新聞は淵が濡れていた、それだけ勢いが強いらしい。 座布団に腰を下ろし、濡れた新聞を開く。 テレビ欄、スポーツ欄を飛ばし、地方欄を見る。 ――自殺の、記事が、片隅に…ひっそりと載っている。 此処最近、都会では自殺する若者が増えている。 夢を多く抱いた故の絶望なのか、または他の何かか。 ともかく、今の都会は、狂ったように自殺が流行っていた。 「――、関係ないか」 溜息をついて、新聞を畳む。 そう、自分には関係のないことだ。 別段自殺しようとする奴の気持ちは分からない。 それに、そんな紙面上の情報に、感情が湧くほど感情的な人間でもない。 立ち上がり、冷蔵庫から牛乳を取る。 その時、ふと玄関を見た。 そう、自分にとっては、こちらの方が問題だ。 傘がない。 今日は予定がある、大事な予定だ。 君に会いに行くという、大事な予定。 しかし、傘がない。 それでも、会いに行こう。会いに行かなければならない。 其れによく考えたら……君もずぶ濡れだろう。 お揃いで、いいじゃないか。 着替えて、外に出た。うるさい雨の音が耳に響く。 一歩踏み出せば、痛いくらいの勢いの雨が勢いよく体を濡らす。 今日の雨は冷たく、何故か心に浸み渡る。 だからか……あの時の事を、ぼぅ、と思い出す。嗚呼、あの時もこれほどまでに、冷たかっただろうか。 今更の後悔と、自責の念、そして君のことで、頭がいっぱいになる。 これは、いい事なのだろうか? いつまでも、これで。 都会では、自殺をする若者が増えている。 だけど問題は、今日の雨。 傘がない。 ※後書き 816字 井上陽水の名曲「傘がない」を独自解釈でつらつらと文章に。 一曲全てを聞いて、前半の歌詞だけで描写を。結構暗いです、この曲。 ですが、今の日本を現しているかもしれません。